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烏山の山あげ行事
https://w3id.org/ifcp/63
詳細情報
Type
http://www.cidoc-crm.org/cidoc-crm/E1_CRM_Entity
名称
烏山の山あげ行事
からすやまのやまあげぎょうじ
詳細
烏山の山あげ行事は、永禄3(1560)年、疫病がこの地域に流行したので、時の城主那須資胤(余一の子孫)がこの災厄を避けるため牛頭天王を町の中央に祠り、天下泰平、五穀豊穣、厄除開運を祈願したのに始まるとされるもので、その後、山あげを行なうようになり、今日まで伝承されてきているものである。 7月24日は宵まつりで、各町で笠揃い、屋台整備、所作狂言〔おどり〕が行われる。 翌25日は、神輿の御仮屋奉遷、御仮屋での各町の山あげ、所作狂言奉納が行われる。 26日は、神輿の各町渡御、山あげ、所作狂言の各町まわり、屋台曳行が行われる。 27日は、山あげ所作狂言、神輿還御が行われる。 山あげとは、もともと八雲神社の祭神の訪れを氏子が「ヤマ」を作って奉迎して、その際に芸能を御覧にいれてその御心を慰め、氏子も共に見て喜ぶという信仰的な行事であった。今日では、「ヤマ」を芸能の舞台の一部とみる傾向にあるが、古くは神の降臨するところと考えられていた。 所作狂言の演目には「三番叟」「将門」「戻橋」「紅葉狩」「宗清」「忠信」「関の扉」などがある。常磐津節によるこれらの演目を町の踊り子たちが路上に立てられた「ヤマ」の前面で踊る。 「ヤマ」は、町の各所をまわり、そこで路上100㍍もの奥行の舞台を仮設して前述の所作狂言を行なうが、移動の際はいちいち組立て及び分解を行う。これには150人ほどの若衆を必要とし、木頭と呼ばれる役付きの若衆の打つ拍子木の合図で規律正しく数分間のうちに組立て、及び分解の作業を完了するのを自慢とする。 この行事は、竹や烏山和紙などの特産材料、及び屋台や地車を巧みに用いてつくる「ヤマ」での多彩な所作狂言を上演する地域的特色の豊かな行事であり、全国にも類例を見ない重要なものである。
公開日
通例公開日
毎年7月25~27日
詳細
現7月開催
URL
https://www.nasukara-yamaage.jp
重要無形民俗文化財指定情報
https://w3id.org/ifcp/63/register
発祥
Type
http://www.cidoc-crm.org/cidoc-crm/E5_Event
発祥記述
URL
https://ja.wikipedia.org/wiki/山あげ祭
日付
2019-12-28
記入者
Urania
発祥時期
永禄3年(1560年)
発祥地
名称
栃木県那須烏山市
URL
http://data.e-stat.go.jp/lod/sac/C09215-20120801
カテゴリー
https://w3id.org/ifcp/category/p6
https://w3id.org/ifcp/category/practice
被参照情報
開催情報
https://w3id.org/ifcp/63/held/2018/
https://w3id.org/ifcp/63/held/2019/